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【いろいろ楽しみたい】
感覚をフル活用!伏見・東大路欲張りコース

コース総距離 約4.9km 所要時間 約5時間30分

京阪中書島駅

寺田屋

十石船・三十石船

三十三間堂

智積院

新熊野神社

JR奈良線東福寺駅



スタート!

京阪中書島駅(けいはんちゅうしょじまえき)


 京阪中書島駅改札内トイレ ▶詳細を見る

寺田屋(てらだや)

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幕末史の舞台となった船宿。当時は、現在の東隣に建っていたといわれています。伏見は大阪と京都を結ぶ船の玄関口でした。港町としてにぎわい、船宿や旅籠(はたご)が39軒あったといいます。中でも寺田屋は、薩摩藩士や坂本龍馬の定宿でした。寺田屋の名を世に知らしめたのは、幕末を語る上で重要な二つの事件が起きたからです。1862年、薩摩藩士同士が闘争した「寺田屋騒動」では、9人の藩士が犠牲になりました。1866年に起きた「寺田屋事件」は、寺田屋に身を寄せていた龍馬が、伏見奉行の獲り方に狙われた事件。機転を利かせたお龍が龍馬を救ったエピソードとしても有名です。獲り方の存在に気付いたお龍が、風呂場から裸で駆け上がり龍馬に一報を知らせたといわれています。建物内は見学が可能。資料が展示され、建物とともに見て回ることができます。休日には、13:00~15:40の間に一人ガイドが常駐。ほかのお客さんと共に説明を聞くことが可能です(シーズン中は11:00~常駐)。建物2階ではスピーカーで解説が流れています。 建物は古い造りのため、かもいが低かったり、階段が急であったりします。視覚障がいのある方は、安全のためにも介助の方に声を掛けてもらいながら見学をしてください。盲導犬に関しては事前に寺田屋との連絡・相談をお願いします。


・竜馬通り商店街(りょうまどおりしょうてんがい)

黄桜酒場・記念館(きざくらさかば・きねんかん)

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全国的に有名な酒造メーカー「黄桜(きざくら)」の記念館です。清酒と麦酒の工房、黄桜商店・酒場・記念館・広場に河童資料館を持つ施設でありながら、敷地内の湧水「伏水(ふしみ)」を汲みに地元の方が訪れる気さくな記念館です。かおり風景100選にも選ばれた伏見の酒蔵のひとつで、冬になるとカッパカントリーの清酒工房でも新酒の香りが漂います。特に主役であるお酒を堪能できるのがカッパカントリーの良いところ。ショット売りのコーナーや、飲み比べのセットが販売されています。お土産を選ぶならば「黄桜商店」へ、お腹が空いたら「黄桜酒場」へ、黄桜の歩みと酒造りの工程が知りたければ「黄桜記念館」へ、と自由に楽しんでください。


 キザクラカッパカントリー 黄桜酒場トイレ
・伏見土佐藩邸跡(ふしみとさはんていあと)

月桂冠大倉記念館(げっけいかんおおくらきねんかん)

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酒どころ伏見は、濠川(ほりかわ)沿いの柳並木に、白壁土蔵の酒蔵がよく似合います。その町並みの一角に、明治末に建てられた酒蔵が資料館に改装されました。玄関の格子戸を入ると、明治時代の帳場(ちょうば)がお出迎え。そして酒造りの工程ごとの用具と、作業の様子を描いた絵で学べます。酒蔵や作業の風景も、時代ごとに分かりやすく展示されています。こもだる、明治期の酒瓶や古いラベルなど珍しい展示もあります。



十石舟・三十石船(じゅっこくぶね・さんじゅっこくぶね)

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かつては城下町、港町、そして宿場町として栄えた伏見。名水に恵まれ、日本を代表する酒どころとしても有名です。そんな歴史と文化に彩られた伏見を川面から感じられるのが、十石舟と三十石船の船旅です。音声ガイドに加え、見どころが近付くと船頭さん自ら案内をしてくれるのも嬉しいところ。往復1時間弱で水上からの観光を楽しめます。
江戸時代、淀川を渡って伏見・大阪間を往来した客船を三十石船といいました。明治末期にはその姿を消しましたが、平安遷都1200年を迎えた1997年に、港町伏見を偲ぶ屋形船の遊覧船として復活。濠川(ごうがわ)に航路を設け、今は三十石船よりも定員数の少ない、十石舟が頻繁に出港しています。水面からは柳並木をはじめ、緑と酒蔵の景色を楽しめます。三栖閘門(みすこうもん)を折り返し地点としており、一度下船して閘門を見学できる内容です。三栖閘門は水位の違う宇治川と濠川を結ぶ、いわば船のエレベーター。「三栖閘門資料館(旧操作室)」、復元された三十石船、十石舟とともに「伏見の淀川船運関連遺産」として近代化産業遺産に認定されています。船の乗り降り時には、やはり注意が必要です。介助者に付き添ってもらってください。船の上ですので動き回ることは危険です。マナーを守り、他のお客さんと心地よく乗船しましょう。



 
 中書島ほうらい橋 公衆トイレ ▶詳細を見る

京阪中書島駅(けいはんちゅうしょじまえき)

 京阪中書島駅改札内トイレ ▶詳細を見る

京阪七条駅(けいはんしちじょうえき)

 京阪七条駅改札外トイレ ▶詳細を見る

三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)

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正しくは蓮華王院(れんげおういん)といいます。平安時代、平清盛が建て、後白河法皇に寄進しました。本堂は約120メートルの細長い建物で、正面の柱と柱の間が33あることから三十三間堂と呼ばれています。堂内には、中尊と呼ばれる千手観音坐像(国宝)を中心に、左右に500体ずつの千手観音立像(重文)が安置されています。この合計1001体の千手観音が、三十三間堂のご本尊です。左右の立像は、10列の階段状の壇上におられるので、全てのお顔をしっかり拝むことができます。よく見るとそれぞれ微妙に異なる顔立ちで、中には自分が会いたい人に似た像があるのだとか。千体仏の前に安置されているのは、二十八部衆(千手観音とその信者の守護神)と風神・雷神像。力強い迫力のあるお姿で、いずれも国宝に指定されています。
江戸時代にはお堂の縁側で120メートル先の的を射通す、通し矢という競技が盛んに行われたそうです。今でも毎年1月には、それにちなんだ弓道大会が開催されています。
車いすの貸し出しがあるので、足の不自由な方でも楽しめます。また、本堂にはミニチュアの本堂と千手観音像があるので、視覚障がいのある方は触れて楽しむことができます。



 三十三間堂境内トイレ ▶詳細を見る
 三十三間堂境内バスプール公衆トイレ ▶詳細を見る

智積院(ちしゃくいん)

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智積院には数々の伽藍と多くの貴重な文化遺産があります。 長谷川等伯(1539−1610)とその弟子達によって描かれた「楓図」「松に立葵図」や等伯の長男・久蔵の作とされる「桜図」は、桃山時代を代表する障壁画であるとともに、日本が世界に誇り得る第一級の絵画です。
また、大書院東側の名勝庭園は、桃山時代に造られた庭園で、中国の廬山を形どって作られた利休好みの庭として有名です。

新熊野神社(いまくまのじんじゃ)

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熊野の本宮から神霊(しんれい)を分けて祭った神社で、京都三熊野の一つとして知られています。永暦元年、後白河天皇が退位後にお住まいになった、「法住寺(ほうじゅうじ)」の鎮守神を祭る社(やしろ)として創建されました。鎮守寺として建てられたのが「三十三間堂」です。「新熊野」と書いて「いまくまの」と読むのには、当時の都人たちの認識が反映されているのだとか。紀州の熊野に対して京の新しい今の熊野であると京都の人たちは考えたそうです。表通にはみ出すほどの大きな楠(くすのき)は、樹齢推定なんと約900年。後白河上皇の御手植えだと言われています。また、能の世界で有名な世阿弥(ぜあみ)縁の神社でもあります。世阿弥がここ新熊野神社で興行をした際、見物をしていた足利義満の目に留まりました。その後、世阿弥は足利義満に支援を受け能(当時の猿楽)の研究に打ち込みます。世阿弥が大成するきっかけとなった土地なのです。
境内はさほど広くなく、ゆっくり拝観しても20分ほどで回ることができます。短時間で熊野信仰に触れられる神社です。


JR奈良線東福寺駅(じぇうあーるならせんとうふくじえき)

うお市を出たら右へ。東大路通りを約700メートルほど進むと東福寺駅です。

ゴール!

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